『花の図譜‐ワンダーランド』、著:荒俣宏、八坂書房 1999年
大場秀章先生の『植物学と植物画』の対極にある内容を期待して読んでみました。
実際には決して対極的な著作というわけではないというのが読了後の感想でしたが、学者ぶらない“面白好き”の荒俣宏らしく、ボタニカル・アートを見つめる視線は、それらの作品(“花の肖像”と呼ぶ大場先生に対これだけでもずいぶん違います!!)が傑作であるかどうかに評価の基準を置いています。
傑作であるということの意味は、図譜が植物を解剖学的に正確であるかどうかにあるのではありません。幻想を超える珍奇な植物を追い求めて秘境に入り込んでゆくあくなき探求心とそれを鑑賞する者に与える強烈なメッセージにこそ評価の基準を置いているように思いました。
とくに重点的に取り上げられていたのが、
キャプテン・クックの大航海に同道した植物学者ジョセフ・バンクス付きの画家シドニー・パーキンソン/Sydney Parkinson(eta 1745-1771)。過酷な航海では多くのクルーが死亡しました。パーキンソンもわずか26歳といいう若い命を航海の途中で落としました。
リューマチ熱に苦しめられながらも珍奇な植物を追い求めて世界各地の辺境を冒険し日本をも訪れ多くの植物画を残したマリアンヌ・ノース/Marianne North(1830-1890)。彼女の情熱(パッション)はいったいどこから来たのでしょうか。自然をこよなく愛したのか、それとも文明からの逃亡だったのでしょうか。
(左:シドニー・パーキンソン画「バンクシア・セラータ」、右:マリアンヌ・ノース画「ネペンテス・ノルシアーナ/Nepenthes northiana 」)
最も美しく、また最もナンセンスと荒俣先生が評する植物図鑑『フローラの神殿』を残したロバート・ジョン・ソーントン/Robert John Thornton(1768?-1837)もまた熱病のように珍奇な植物の魅力に取りつかれた人物でした。この著作のブック・カバーを飾ったのもこの図鑑からの一葉、サボテンの一種セレニケレウス“夜の女王”/Selenicereus grandiflorus ssp.macdonaldiae, “Midnight Queen”です。
(左:ロバート・ジョン・ソーントン『フローラの神殿』、右:同図鑑内の「カーネーション」)
そしてもちろん「そよいでいる風さえ感じさせる」と著者に激賞されているピエール=ジョセフ・ルドゥテ/Pierre-Joseph Redouté(1759-1840)の手になる『ユリ科植物図譜』(1802-1816)、『バラ図譜』(初版:1817-1824)、『美花選』(1827-1833)もボタニカル・アートの傑作として紹介されています。
「荒俣先生、もう少落ち着いてください」と言いたいほど縦横無尽の展開にとまどい、論旨を見失いがちにながらもなんとかついてゆけば、幻想的な荒俣ワールドの一端を楽しむことができます。大場先生の著作よりずっと面白かったというのが正直な感想です。
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