文学作品には庭の美しい描写が数多くあります。庭の詩的な美しさにうっとりしたり、庭を舞台にしたストーリーの展開にハラハラしたり、笑ったり、悲しんだりした経験をお持ちの方はおおぜいおられるでしょう。
とりわけ児童文学には庭が重要な役割を占めている作品が多いのではないでしょうか。
.
『秘密の花園』、著:フランシス・H・バーネット/Frances Hodgson Burnet、訳:土屋京子、光文社、1911年
数多くの翻訳があり、幾度もTVや映画化されています。プロットはあらかた分かっているし、子供のころ映画を見た記憶はあるのですが、読んだのはここでご紹介している最新訳が出版されてからです。
インドでわがままいっぱいに育ったメアリは孤児となってしまい、父母の故国イギリスの叔父のもとへ送られてきます。
「十人が十人、こんなかわいげのない子供は見たことがないと言った…」
しかしメアリはやがて頑固の老庭師ベン・ウェザースタッフに出会い、秘密の花園への入り口と鍵を見つけます。
「それは想像も及ばないほど甘実で神秘的な光景だった…」
メアリはやがて自然児ディコンと出会い、やがてメアリよりも意固地な従弟コリンが屋敷に隠れ住んでいることを見つけだします。
「あっちもこっちも枝がすてきにからみあっているの…夏がきたら、きっとバラのカーテンや噴水みたいになると思うの…」
メアリ、コリンはディコンやウェザースタッフとともに秘密の花園の再生をめざします。その過程でふたりは健常な体と心を取り戻してゆきます。
.
『みどりのゆび』、著:モーリス・ドリュオン/Maurice Druon、訳:安東次男、岩波少年文庫、2002年(改版)
「みんなからチトとよばれるちいさな男の子がいました…」
還暦をすぎてからようやく読みました。解説には大人への教訓があるとしていますが、分別くさく理解するのはやめたほうがいいように感じています。
庭師ムスターシュのところへ“勉強”にいかされたチトはじぶんがみどりのゆびをもっていることに気づきます。
殺風景だった刑務所はバラなど花いっぱいにおおわれ、貧民街は朝顔、ボタンヅル(仙人草;クレマチスのことか)、ゼラニウムで飾られます。
つぎつぎと奇跡がおこるチトの住む町ミルポワルはやがて“花の町ミルポワル”と名前を変えることとなります。
奇跡を起こし続けるチトの運命はどうなってゆくのでしょうか。
.
.
『時の旅人』、著:アリソン・アトリー/Alison Uttley、訳:松野正子、岩波少年文庫 2000年(新版)
この本も子供のころ読んだ記憶はありません。しみじみと充実した読後感です。大人になってからのほうがありがたみが理解しやすいかもしれません。
母の故郷であるサッカーズ農場に滞在していたペネロピーはふとしたことから16世紀のイングランドに生きたバビントン家のひとびとと交流するようになります。
幽閉されているスコットランドのメアリー女王の逃亡を助けようとする若き領主アンソニー、弟のフランシスとの出会い。
ペノロピーはメアリー女王の逃亡の企てはやがて露見し失敗すること、女王を愛するアンソニーの思いはかなえらえることがないことを知っています。そして、やがて“過去”を変えることはけしてできないということを悟ります。
メアリー女王の刑死という重い現実が迫りつつあるという暗い影が漂うなか、農場や館まわりの美しい描写がひときわ哀感をもって語られてゆきます。
「花壇をふちどる背の低いツゲの生け垣は緑色の塀のようになめらかにきっちり刈り込んでありました。ラッズラブ(サザンウッド、キダチヨモギ)の茂みは豊かな香りをはなち、小道の両側のラベンダーも、小枝をのばしたローズマリーも、そのわきのたくさんのバラの木も、もうすっかり葉が茂っていました…」
「色とりどりの花を眺めながら、私は庭を歩きまわりました。明るい蒼のルリチシャ(ボリジ)、縞のあるカーネーション、黄褐色のオニユリ…小さな黄色いパンジーと青いオダマキが、背の低いツゲの生け垣にかこまれて、こっくりこっくり頭をふっていました」
作者アトリーには『農場にくらして』と題した自伝ふうの著書があります。作者が愛してやまない故郷ダービーシャー、クロフォード村の美しい風景が語れています。
.
『トムは真夜中の庭で』、著:アン・フィリッパ・ピアス/Ann Philippa Pearce、訳:高杉一郎、岩波少年文庫 2000年(新版)
ずいぶん前に読みました。でもやはり大人になってからです。
ホールの大時計が真夜中13時を告げたとき行くことができる真夜中の庭。おじ、おばの家に滞在していたトムはそこでハティという少女と出会います。夜の庭の美しさ、濃密な雰囲気。子供のための物語なのでしょうが、大人も魅了されます。この庭は作者が親しんだ英国人がいかに庭を愛しているのかを如実に示しています。
やがて、トムはハティに会う真夜中の庭がトムが生活する時代とは異なることに気づきます。
会うたびに大人へと成長するハティ。若い女性に成長したハティと氷結した運河をスケートですべるシーンはとりわけ印象的です。いよいよ滞在していた伯母の家を去る前の晩、トムは庭を見つけることができません…
“真夜中の庭”は作者ピリッパ・ピアスが生まれ育ったケンブリッジ近郊の村グレート・シェルフォード/Great Shelfordの製粉工場の庭がモデルとなっているそうです。
.
『森は生きている』、著:サムイル マルシャーク/Samuil Marshak、 訳:湯浅芳子、岩波少年文庫 2000年(新版)
これも最近読みました。
きまぐれな女王(童話の世界では女王はきまぐれで、いじっぱりで、わがままと決まっていますが…)が大晦日にマツユキソウを持ってくるように廷臣に命令したことから話は始まります。
マツユキソウとはスノー・ドロップのことです。作者の住むロシアでは真冬にはけして咲かないでしょうが、温暖な日本ならひょっとしたら咲いている場所があるのかもしれないなどと思ってしまうのは、ツマラナイ大人の感想なのかもしれません。
© All rights reserved.